2006年版 Prof.Duo的日々(3年目)
20005年版はここ
正月早々からドクターストップかかったりしましたが、結果、体質改善が図られ、かれこれ10年以上も履いていなかった(履けなくなっていた)ウェスト82のジーンズがしっくり来る位まで絞ることが出来たのはまあ良かったこと・・なのかな?
それ以外は、マシン総量抑制政策とかで、96年から増え続けたマシン群は一応止まった感がある。後数年はニューマシンの本格導入も不要な位の増強がなされていたので、来年も抜本的な乗り換えは不要かと。
その他、1月に帝都、3月に道北・道東、4月に道南、5月に帝都萬世橋踏査、6月には名古屋、中華民国首都台北、帝都、7月には留萌、9月には夕張、11月には帝都・・・と結構放浪していたなぁとつくづく・・・。
さて、来年は一体どうなることやら。
matari2006もとりあえず今年分は終わり。ちょっと1日オーバーした気がするけど、気にしないー。
いろいろと考えることの多いこの月。
道は・・・・・一つか? ためらわないで進むか。それが問題だ。
・・・・・最近、無性に物思うことが多いよな。
一つだけいえることは・・・同じことは2度繰り返さないこと。
1000離脱、聖地秋葉原で、ネットワークカメラVN-C2Wを9980円で購入。ティルト・パンがついているのがウマー。その他、一通り眺めてあきばおー至近の中華の店で青椒牛肉絲を食べ、WindowsVista?のプレビューショウをちょっとだけ見て、1200に秋葉原離脱、1240時羽田で土産を物色。築地ちとせの栗ウマー、サツマイモのもウマーということで、いくつか調達。ラウンジでメールチェックし、1320に制限区域入り、1400フライトで1550新千歳着。新千歳でじゃがぽっくる確保、新千歳から一日散歩きっぷ2040円で札幌、1800Rにて晩飯、2030離脱、2050頃札幌離脱、2140南小樽で高架下の店を探すが、遭難しかけ、慌てて南小樽に戻る。駅至近に炉端焼きの店がある模様。今度踏査してみよう。2229小樽発、2340倶知安到着・・・星空を眺めつつ、0010アジト着。ミッション終了。
朝、宿の主が朝早いということで、早く起きようと企んだのだが、流石に前日の酒量が結構いい感じに累積されていたようで、軽い起動不良気味。件の主が寝坊してドタバタしているのを尻目にしつつ、結局寝床から起きて行動を開始したのは8時頃。主の奥方様のもてなしの後、10時頃に宿を離脱、今宵の宿の鶯谷のホテルに荷物を預け、身軽になりつつ上野まで歩く。
気温が10度程度で、北海道の晩秋の佇まいな状況で、耐雪仕様に変わりつつある状況では、まあ快適な気温かも。
上野のバイク街に足を踏み入れるのは実に4年ぶり、周りはなんだかバイク街と言うよりは、コーリンのショップくらいしかない気がする・・なんか少し寂れた感があるな。
ということで、今回は、バイクのヘルメットとグローブ(もう7年近く使っているのでボロ雑巾のような状態)、後はゴーグルも手頃なのがあれば・・と思いつつ、結構散財する。まあ、札幌で全部そろえると倍になるのでこれはこれでよしとしよう。
それにしても、オフロードのヘルメットってほとんど無くなってしまったのか。
街乗り用の簡易ヘルメットや、チンガードがついていないのがほとんどっていうのも・・・。リスクを考えると少し怖い。次買うとしたら、オンロードのヘルメットかな。
と、何気に思いつつ、買い物荷物をことごとく宅配に回して、上野を離脱し、一路前回から気になっていた街、中野へ向かう。
中野といえば、サンプラザ中野くらいしか想像つかなかったのだが、ここには中野ブロードウェイというショッピングモールがある。商店街のアーケード街の奥と合体しているのだが、この2階以上の階の混沌さにはまって4時間くらい彷徨って、廃盤で、もう2度と手に入らないであろうゲームミュージックやマイナーなアーティスト、90年代の小室狂時代で目立たなかった迷曲たちを20枚程度買い込む。その後、流石に腹が減ったので、宇奈ととで500円鰻丼を食べる。肉厚でウマー。
そして、一度鶯谷に戻りチェックインを済ませ、身軽な装備で今宵の待ち合わせ、上野へ向かい、とりあえず元銀座の常連さんと合流、昨日の宿主が1時間のディレイということだったので、軽く御徒町の高架下付近の場末の居酒屋でホッピーで軽く0次会。
時間調整後、メンバーがそろったので、上野の会員制クラブでラストまで呑む。ここではマジックショーがあるということだったので、テーブルでお願いしてもらった。
それにしても、すごい。なんで?とか思うのだが、驚き、楽し、優雅なひとときを満喫して離脱。久々に大連の娘ともお会いできて幸せ。そして、最後は上野駅高架下で〆のラーメンを食べて散会となった。
何気にsuicaで少額決済が出来るのが驚きだったのだが、よく考えたら、香港のオクトパスカードもそうだったな・・・・あれはコンビニでも使えたし。
・・・と思いつつ、鶯谷のホテルに撤収し、部屋に入ると急速沈降・・・。
この日はアジトを10時出発、今日の宿泊予定地の大森経由で横浜・関内に向かう。
帝都にかれこれ数十回来ているはずだが、何故か横浜はほとんど踏査していなかったりする、しいて言うと、昨年ラーメン博物館に拉致られた位で・・・そんなわけで、トラウマにすらなっているのだが、今回は中華を堪能したくなったので中華街の近くの駅、関内へ向かう。この関内駅は、某鬱作品の重要なシーンのモデルになった駅らしく、思わず周りを巡ってみたかったのだ。
駅を降りて、至近にある横浜市役所脇を通りつつ、横浜スタジアムの向こう側に横浜中華街が・・・。ちょうどランチも終わり際だったので、早々に中華レストランを見つけ、手頃なところに入って中華を堪能。幸せ。
その後、中華街をさまよい歩いて、デザートや茶葉を調達してから軽く離脱。その後、秋葉原を軽く踏査し、手回し携帯充電器(ダイナモ)380円をゲットしてから、ちょっと空いた時間で新橋の中華餃子店で時間調整しつつ、山手線でぐるーっと待ち合わせ先の新宿まで向かい、今宵のご招待を受ける。
予定時刻に集まったのは私を含め4名。銀座にかつてあった店の常連さんで、私も同じ系列の札幌店を使っているので、そこで意気投合した方々で会員制クラブで昔の銀座の店のOGスタッフをまじえて楽しい時間を過ごす。帝都はいいなぁ。
その後、今宵の宿を提供してくれる方と帰投、今宵の宿の奥方と3人でボジョレーをたのしく頂く。本当にありがたいことだ。
朝5時起床、前日、番組の仕込みをしていたので、何気に送信が終わっているか確認して、身支度を開始し、駅までタクシーを手配。ただ、この羊蹄山麓、なんと、朝6時じゃないとタクシーが動き出さない、予約も承ってもらえないというとんでもないところである。夜は夜で午前2時以降はないし・・・まあ、田舎だから仕方がないんだが・・。
で、6時に千歳行きの列車に乗り込む。本当は、7時のJRでも大丈夫なのだが、前日からの冬の嵐が来襲していたので、予定を前倒ししたという。ついでに、小樽で海産物を仕入れようかと何気に思っていたのだが、この荒天で、時化ていることが想定できたので、一路新千歳まで向かう。
9時頃に新千歳空港に到着し、チェックイン、インターネットの事前座席予約で窓際が全く無かったので手続きしなかったのだが、カウンター手続きでは確保できたのでアサイン。久々のJAL便である・・・前に使ったのはたしか去年の2月の気がする。
土産を物色してから、何気にラウンジで時間をつぶし、今回のお供相手のぎーたかさんと制限区域前で合流し、一路帝都へ向かう。
B777-300という機体はたしか国際線機材は使ったことあるが、国内線で乗るのは初めて。それにしても、コンパクトな機体の割にはB747並の搬送能力があるようだ。
そうこうしているうちに、新千歳を離陸、途中気流の揺れはあったが、思ったより快適に羽田空港に到着。今回はJAB千葉の出迎えを受け、途中、帝都に来て、神戸に帰る予定のJABメンバーと電話で話しつつ、一路千葉幕張方面へ。
途中、近くの博多ラーメン屋で飯後、アジトに荷物を置いて、反転し、聖地秋葉原方面へ。
到着後なにげに連絡を取っていた帝都在住のWebCaster?系の氏と合流し、新橋界隈で軽く呑んだあと、北海道ミルク村銀座でウマーし、京成でみどり台まで戻り、アジトに転がり込む。
そこで、何気にストレートでウイスキーを交わし、情報交換しつつ夜は更けていく。
ひょんなことからシステムの再構築をすること数時間。 ・・・・気がつけば部屋が妙に暑い。もう11月だというのに。 ちなみに外気は13度。この時期にしてはちょっと異常なくらいの暖かさ。 部屋の中は・・・・30度!! G4とG5とintel Macminiがそれぞれ稼働しているのでそういう状況に陥る。
あー、今日は窓開けて寝るか。(をい)
昔懐かしのCD音源を久々に注文する。 何気に台湾でお世話になった人が執筆した日本向けの台北ガイド本が販売になったということなので、Amazonで注文。そのついでに送料無料にするためにも、CD数枚を購入。
そろそろ音源の使い回しが厳しくなってきたので、懐かしいところで駄目もとでAmazonで探してみたら、出てきたよ!ラッキー。
しかも、引っ越しの時に割ってしまったCDで、あまりにマイナーな歌手なのでもう手に入らないと思っていたアルバムとか・・
ようやく落ち着いた3連休の最終日、さて、今日はフリーなので何をしようか。 天気もいいようだし、今シーズンのバイク終了に備えて少しメンテナンスでもしようかな。ついでにスープカレーも食べに行きたいなぁ。
そういえばモナリザダイエットというのを昨日、ひょんなところのサイトを見て知った。
要は体の中で一時的に飢餓状態を作って、細胞の基本本能である生命維持能力を呼び覚ますという、いわゆるショック療法のようなものなのだそうな。
あぁ、そういうのもありかもね。刺激や乾きのない、のほほんとした生活だけじゃ、駄目だよな。
でも、心は平安に保ちたいかな。
さて、来週からいよいよ年末進行で動き出そうかな。ふふふ。
昨晩もたらされた出来事に妙に心を打ち抜かれたのか、打ちひしがれたのかよくわからないが、眠りにつくことが出来ない。
しいて言うと、強い焦燥感と軽い絶望感。ナーバスとは違う心の動き。
・・・・ま、たまにはこんな夜もあるか。
そういえば3月に青春18切符で旅に出たときに、石勝線の盲腸線となっている旧夕張線(現石勝線)に乗ったのだが・・、そのときに終点の夕張駅の手前で、昔の炭坑住宅群が残っているのを見つけて踏査を決めたのだが、なかなかその機会を見つけられずにいた。
で、今回、時間があったので、久しぶりに夕張に向かう。 以前この地を撮影踏査したときは、10年前にピックアップトラックを持っていた頃で、なぜかガスコンロとジンギスカン鍋を持っていて、夕張の鹿島地区で突発性ジンギスカン会をやった記憶が今でも鮮明に残っている(をい)
島に入り、街を横切りR274から道道3号線(札幌夕張線)をひた走る。途中、多くのライダーと通り過ぎたが、ピースサインを返す人たちがほとんどなく、ちょっとしょぼーんとしつつ、夕張へ向かう。
夕張の境界にあるカントリーサインを見極めると、一段と身が引き締まる。ここからはそれなりにワインディングが続くので、少し気が抜けない。
途中、目新しいライダーハウスを見つけるが・・玄関のところに「閉鎖」の看板が・・。
ここにまで財政難がきてますか・・。と、なにげに横目に通り過ぎ、いよいよ夕張にはいるトンネルを抜ける・・と・・いきなり街のメインストリートのT字路に「石炭の歴史村」・・などのアトラクションやアミューズメント施設、観光施設の一覧が目白押し。
正直、こんなにあったのかとびっくりすることしきり。
そして、今回の踏査の主目的であった千代田地区の古アパート群を発見。といっても、集合住宅が数軒と、築30〜50年程度の3階建と4階建のアパート各1棟。3階建のアパートは今もなお居住しているようだが、もう1棟は入り口が閉鎖され、人が入れる状態ではない。そのあたりを撮影してみた。
その後、夕張の「アミューズメント施設」方面を見つつ、昼食の場所散策がてら、街中をバイクで走ってみた。
結局純粋な「観光客」として入り口にはいることさえしなかった。入り口で「駐車場代500円」を見て、おもわずUターンする自分が居た。
・・今回の目的は「失われつつあるリアルな夕張」の記録だったので、確かになくなるであろう施設を撮る気はさらさらない。しかも、それが存在するとも思えなかったため、そのまま遠巻きに惨状をたださらけ出す状況に心を痛めつつ、夜の繁華街とおぼしき街中へバイクを走らせる。
以前、友人と訪れたときに、「この上にでっかい大仏だかの像をおいてある施設があったんだけどな・・」という言葉を思い出した。その頃、もう既にその施設はなく、そこへ至る階段を上りきった彼が落胆して降りてきたのを記憶していたのだが、その階段はまだ残っていた。
上に何があるのかは興味がなかったので、そのまま結局上らず、街の中に張り巡らされている坑道のような木組みのトンネルの一つをのぞいてみた。
以前、留萌の飲み屋界隈に「有楽トンネル」という飲み屋を繋ぐアーケードというか、トンネルがある。こういう遊び心?がこの夕張にもあるのかと思い、くぐってみた。
よく見ると、打ち棄てられた看板に「幸せの黄色いハンカチロケ地」とあった・・。そう、ここは高倉健扮する主人公?が、酔っぱらって絡んできた酔っぱらいと格闘して、殺めた場所として使われた場所だったのだ。たまたまこの映画をこの間ひょんなことから見たばかりだったので、「ああ、ここかぁ」となったわけだ。
ただ、このロケ地で使われた飲み屋も既に廃業して久しく、この両端の建物も老朽化でそれぞれが朽ちかけている。ここも時間の問題かな・・。
あとは、飲み屋の看板が「ダンスホール」「キャバレー」「ショーバー」と、なかなか洒落た看板が掛かっているが、実際にどれだけ現存しているのかは解らない。ただいえることはこれらの看板が限りなく色あせているということを見ると・・。これが現実なのかもしれない。
この夕張、かつては多くの炭坑がこの街にあり、人口は最盛期で11万人を擁した街だが、今は人口が14000人程度と、なんと12%にまで減少している。
道理で寂しく感じるわけだ・・。
そして、夕張といえば、もう一つ見ておきたかった場所がシューパロ湖周辺に点在していたので、そこへもバイクで向かう。
途中、三菱大夕張炭坑の鉄道として、純民間の北海道最後の私鉄(ちほく高原鉄道は第3セクター方式)だった鉄道遺構を訪れた。
確か、ここにある客車の1両が友人曰く「3軸ボギー車!」と連呼して興奮していたことを思い出すが、それよりも、その当時は廃止して5年近く経過した頃で、ただ放置してあり、車両自体が朽ち始めていた記憶があった。
今回訪れていて驚いたのは、この遺構自体を残そうという動きがあって、それが実行されているということ。正直、こういう遺構を「文化」として残そうとして居る動きに心打たれた気分であった。
そして、その撮影をひとしきり終えて、シューパロ湖の名物「三弦トラス橋」を撮影した後、懐かしの地、鹿島地区へ。
ここも炭坑住宅街が広がる集落が展開され、駅前には当時としてはモダンな駅舎や病院、地下歩道などの都市顔負けなインフラが整備されており、私たちが踏査したときにも、「後数年でなくなるんだけど」という寂しい言葉を聞きつつも、それらを見ることが出来た。惜しむらくは当時の写真をきちんと撮っておくべきだったことが惜しまれたが・・・
やはり、何も残っては居なかった。
草ぼうぼうの野原。
目をこらしてみると、街だったところにはかろうじて基礎や木の電柱、そして、「鹿島地区」を象徴するような夕張市の朽ちかけたモニュメントが寂しく建っているだけだった。
そして、その横には巨大な橋脚、遙か上に道路が建設されている・・。そう、この街・・いや、この街だった場所は近い将来、巨大ダム建設で水没することが決まっているのだ。
いたたまれない気持ちを懐きつつ、折り返し夕張市街へ戻り、実は行ったことがなかった黄色いハンカチ広場というところに寄ってきた。
ここの駐車場は無料、そして、長屋の炭坑住宅も健在。こういう光景は私も未だ記憶しているが、妙な郷愁感をそそられるものがある。
そこを見つつ、寂れゆく夕張の光景を見ると、既に陽は西に傾きつつあった。
その後、早々に夕張を後にして、一路札幌のアジトへ向かうのであった。
朝、5時55分頃に目が覚める。その後、まだ惰眠をむさぼるM氏をたたき起こし、9時までスタジオで引き継ぎ作業&撤収準備。
本当は留萌で食事とかと思っていたのだが、M氏も赴任の最中と言うこともあり、9時頃にあいていると思われる喫茶店を探し、結局千望台にある喫茶店で朝飯を食らう。
その後、M氏を追い出しがてら、私も風呂に入りたくなったので、今まで実は行ったことのなかった神居岩温泉でまったりつかり、風呂上がりの休憩室で爆睡。気がつけば1300時を過ぎていた。
そういえば、天気もいいし、ウニも食べたりなかったので、一路小平鬼鹿にある「すみれ」食堂で、ウニ丼を食べる。ここのウニ丼はリーズナブルかつ大変ウマーなので、結構前からリピーターとしていっているが、今回も混んではいたものの、ウマーとありつけた。
その後、スタジオに戻り、番組をこなし、2030時にスタジオを撤収。さすがに晩飯がまだだったので、ソウルキッチンでオムカレーを食べ、一路アジトまで爆走・・・。
留萌を出たのが2120時、アジトに着いたのが、0020時・・・をを、3時間で着いたよ!
朝、6時きっかりに目覚ましもかけずに目が覚める。ちなみに昨日落ちたのが0200時だから、4時間。体的には必要充分の睡眠を確保した感じか。 もうじじいになったかなぁ。
で、ふと外を見ると、快晴!なんというさい先の良さだろう!
1000時に行われる海上保安庁の巡視船「ちとせ」の体験航海まで、iBookでいろいろと情報収集をしつつ、昨日調達したストロボのテスト運用をしながら、ゆったりとくつろぐ。
・・・・・あれ?ふと今外を見たら、曇ってきたぞ!?
・・9時頃に迎え入れてくれた夫妻が活動開始して、朝飯をごちそうになった後、ほど近くの留萌港にクルマを走らせ、埠頭にクルマを止めて乗船手続きして巡視船に乗り込む。
豪華客船とか、クルーザーとか、軍艦とか、漁船には、港に横付けになった状態では年に数回乗り込むことはあるのだが、航海はひさしぶり・・・あ、いや、そういえば、先月、台北郊外の淡水川を渡河するクルーザーには乗船したか・・ということで、甲板に陣取って出港を待つ。途中、一日船長&保安官の女の子と話したり、ひょんなことで乗船していた以前の仕事場にいる女の子と話したりしつつ、クルージングを楽しむ。
こんな巡視船や巡視艇が留萌に常駐しているとは、今の今まで知らなかったというか、恥ずかしい限りである。でもこういうアトラクションがあるなら、間違いなく昔乗っていた気がするなぁ。・・・やっぱり海猿効果?
ま、そんなわけで、1時間半のクルージングも終わり、港を後にして、留萌駅前の祭り会場に向かう。
このイベントはJCの主催ということで、しょうじきあまりJCの活動には「?」と思うこと多いのが通例だったが、確かに「食と観光」についてのイベントということで、珍しく中身があるイベントだなあと思いながら、楽しく、なおかつ呑み食い倒れていたり・・。今回の一番の成果は、トナカイ(空飛びません)と、エゾシカの肉。意外にウマー!変わった食感で結構楽しめたり。
そのほか、典型的な物産展が続いたのだが、中に知り合いの農家の作った曲がったキュウリを挨拶代わりにいただいてぼりぼり。別に何もつけなくても、これがまたうまいのさ。 ホントに。
という感じで夕方までのんびりと過ごす。森崎は顔がでかかったし、北川久仁子さまはかわいかったし・・なんだか同じ場にいたのがうれしい限りでしたね。
その後、夕方までスタジオに入り浸って、保守の準備を進めつつ、夕方に仕事場の元同僚と落ち合い、その奥さんと3人で久々に留萌の飲み屋で語らう。ついでにスウィーツもいただく。ごちそうさまでした。
2人と分かれて、なにげに街中で行われている祭りの屋台を横目に通りつつ、スタジオに戻り、保守を開始していたが、昨日あえなかったもえるの仲間が駆けつけてくれて、またいろいろと話しに花が咲く。その合間に、北見に赴任する途中のJABのM氏が到着、機器の保守の手伝いを分担して行って、未明に仮眠を・・・ぐう。
在住していた数年前までは出たくて仕方なかった、9年間住み続けた留萌。去ってみて思う、よく考えたら、自分の人生の中で一番長く住んだ街だったという事実。
というわけでもないのだが、懐かしい仲間やもえるの仲間たちと呑んだり談義したりする時間を楽しみに、留萌にやってきた。
夕方にFMもえるに到着し、局のスタッフやパーソナリティと和気藹々としたムードで話に花を咲かせる。その後、スタッフの住む家に転がり込み、もえるの仲間たちと酒を飲みつつディープな時間を過ごす。
たまたま「今日から留萌にいくから〜」と軽い気持ちで連絡したのだが、こんなにあつまってくれるとは!なんという、幸せなことだろう。
朝、NHKの連ドラをみつつ、ラフなスタイルでパッキングを済ませ、8時に出立。朝飯を確保&銀行で当座の資金を確保するべく彷徨ったが、Citibankが使える提携ATMが無くて、結局、なにげに投入した新生銀行のカードで両替が!。これは想定外、使えるのか!
当座の資金を確保したので、台北の電脳街、中孝新生界隈の新光華商場等を散策。まだほとんどの店舗が開店前だったので、市政府の方にあるTaipei101に上ることにした。
・・・・高所恐怖症であった昔の自分、もう克服したかなとか思ったら、やっぱりダメだった。
・・・っていうか、このビルの展望台、微妙に揺れてない?なんだか妙な感覚で早々に離脱、でも何枚か写真が撮れるようになったのは成長の跡か・・
ちなみに、この展望台の上にさらに屋外展望台があるそうだが・・・・流石に昇る気力はありませんでした。
にしても、シンボリックな建物だなぁと。
で、その麓?のカフェテリアで、小休止。ぼちぼち電脳街まで再度ダイブするかな?
中正国際機場で、ComputexTaipei?のシャトルバスに乗り込み、一路台北市街へ。 久しぶりの2階建てバスの上でのんびりと。流石に自分の泊まるホテル直近につくことはできなかったので、一番乗り換えが容易と思われるMRT至近のホテルで降ろしてもらい、今回の宿へ向かう。
流石に梅雨時期の台湾。ちょっと動くだけでじとじととしている。まあ、空港に降り立った段階で結構雨降っていた後なので、仕方がないとはいえ、さすがは南国。真夏の北海道を思わせる気温である。
名古屋から出る段階で、夏装備に切り替えたが、やっぱりそれでも追いつかないほど・・・汗だくで移動。 そんなわけで、宿に転がり込んで、パッキングの見直しをして、18時頃にmixiの台湾コミュの合流地点に向かい、オフの主催者の方を待つ。
待つこと20分くらいしてから、主催者の方と、今晩パリに出立する旅の途中の女性の方と、台北駐在の方、さらに、現地台湾で病院の関係の仕事をしている地元の方々と合流。初めて合うにしても皆さんうち解けて会話しつつ、会場に到着。そこで、さらに現地の方々4人と落ち合う、一人は、台北のラジオ局のDJ、そして、台湾の人向けの日本のガイドブックを作られているキュートな方、その友達の中で和気藹々と印度料理に舌鼓を打つ。台湾麦酒ウマーとか。
その後、さらにカフェで雑談。実は、今回のオフの仕掛け人の方は、台北で日本語のフリーペーパーの仕掛け人の方「なーるほどザ台北」の編集の人、日本の方なのだが、もう言葉はバリバリ、もうひとり、台北駐在の方は沖縄出身で、かれこれ10年近く台北でビジネスをしているとのこと。この方ももちろん言葉はバリバリ話している。
とりあえず、時間があればまた呑もうと話をして、散会、その日は流石に私も疲れたので、宿に入ってフロに入ったら急速沈降したのであった。
ということで、今回は、ANAの誇るシャチホコ号(違)B737-700に乗って、一路台北へ。 機内食はみそカツ。機内食にしてはまあまあウマー。
さて、のんびりしているが、あと小一時間で3年ぶりの台湾である。 久々だなぁ。暑いんだろうなぁ、梅雨時期だからじめーっとしているんだろうなぁとか思いつつ・・楽しみかも。
ちなみに、昨日はMacお宝鑑定団のDanbo氏とカフェでいろいろとMac話を聞く、そうか、これからはもうIntelの流れに統一されるから、ハードのスペックでは飛び抜けた性能っていうのが出ないのか、残念なのか、時代の流れなのか・・・少し残念な半分、また違ったサプライズがあるというものかもしれない。
そのあと、檀家回りとして、theRoyalの名古屋に行ってくる。結構楽しかったり。 やっぱりエイヒレはまったりと焼酎で呑む時にはいいなぁとか。
さて、この後は異国の地、気がつけば今乗っている席の周辺は本省人囲まれていたり。さて、これから外国人になってくるとしますか(笑)
久しぶりに、機内でMacを広げ、これを書く。 今回は、ComputexTaipei?の取材と、心の洗濯で、南国台湾へ向かう。
ComputexTaipei?は2003年の秋に台湾に行った時に開催されているという状況だった。で、たまたま滞在した期間が招待客のみという状況で見ることもままならなかったという状況だったのだが、今回は、プレスということで行くこととなった。
一応、番組持ってるし(をい)
ま、それはさておき、今回はのんびりと5日間台湾にいるわけだが、とりあえず予定はComputexTaipei?と、4日に予定しているmixiの台湾コミュのオフのみ。
前回みることが叶わなかった、故旧博物館とか、新しく移築した光華商場、Taipei101とか、夜市とか・・・・そういう休暇を満喫する予定。
実は今回も特典マイルだったりする。2万マイルで行くことが出来るので、これはこれで嬉しかったり。
今回の行程は新千歳→中部国際(名古屋)→台北→新東京国際(成田)→東京国際(羽田)→新千歳という、いかにも行脚してますという感じである。あ、大阪・・(笑)
ついでに、銀座某店の私的最後訪問も行う予定だが・・さてどうなることやら。
今晩は・・・レジャック某店でウマーとする予定ですが・・・。
ということで、しばらくぶりの更新。 mixiばかり使うと、やはりmixi猿になるということで、今回はwikiでも展開。 今日1030時からアジトを出立、一路札幌へ向かう。いろいろと部材を調達したりしたあと、ベストを持ってくるのを忘れたことに気がつく。なんの変哲もないフィッシングベストなので、釣具店で調達すればいいと思っていたのだが、さらに追い打ちをかけるように携帯電話会社からまさかの電話。グロパス(A5505SA)の電池を発注していて、「間に合わないですね」と言われていたのだが、なんと届いたというお話。しょうがない。もののついでだから、取りに戻ろうと言うことで、倶知安まで往復して帰ってくる。ついでに外車(自転車ですが何か?)をクルマから下ろし、程なくしてアジトを離脱。
往復に4時間ほどかけましたが何か?(あほ) その後、今日の宿に転がり込む。ここは光ブロードバンドが使えるので、某所の作業とか、結構はかどるのだ。そして、ついでにSkypeIn?,SkypeOut?を今更ながら設定。これ結構いけるかも。この間仕入れたBluetoothのヘッドセットが思いのほか使い勝手がよい。ケーブル無しで、iBookで電話するなんて、なんだか時代も変わったなぁとか(でも、10年前のcentris660AVとかで出来たGeoPort?技術でインターフェース回りは既に出来あがっていたしなぁ・・)まあ、IP電話であることがウマーなところなのだが・・。
さて、これから遅い晩飯でも食べに某所に行ってくるかな?
・明日の予定 新千歳→名古屋中部国際→栄投宿・某店攻略。
明日から、仕事場の1ヶ月デスマーチ参戦。 そのまえに、いろいろとやっておかなければならないことをまとめてこなす。呑んだくれとか・・(笑)
土曜日の朝に思い立ったように札幌に出撃。久々に郊外のショップ巡り。IBMの石版マシンやIDE-RAID外付けドライブのジャンクに惹かれつつも、何も買わずに札幌市内入り。
ひとしきり、6月の海外渡航の下調べをしつつ、旅行代理店でホテル情報を調べる。
その後、HMUGの例会に出て、先日ようやく届いたFCSについていろいろと話して、例会は2時間程度で終了。その後、夜のすすきのへ南下。
某Rにて、ひょんなことで、mixi上でのお知り合いになった東京の方と意気投合してラストまで呑んで、帰ってきて、寝る。
そして、今日。朝一でヨドバシの駐車場にクルマを置いて、ショップ巡り再び。結局SDRAMとかHDDとか・・ジャンクなマシンを眺めて・・買ったのはCASIOPEAvsTHESQUAREのLIVECDのみ。その後、頼まれていたNintendoDS? Lite白を発見して購入。
うう。うちのDSLite青い奴と交換してやろうか(をい)
ま、そんなわけで、札幌を昼前に離脱し、羊蹄山麓の洋食屋でドリアなどを食べ、到着。
今晩はFCSを使い倒すかな〜。
先週から、FMもえるの方で新番組が始まった。今回からは、単騎でなおかつ毎週という結構モチベーションが必要な番組構成。でもMac系の番組なので気楽に出来るのが・・でも、PodCast?すると言ってしまった手前、手も抜けずに躊躇する日々(をい)
先週は、ヒマをもてあまし&放浪したい欲にかられ、アジトを離れ、北見方面に放浪、空けて月〜火曜日に札幌で久々に呑んだくれる。
その後、仕事場方面では送別会コンボで今日はたまたま送別会がないのでのんびりと・・・してもいられない。なぜなら、仕事場の人からいろいろと家財道具を頂く算段になり、物理的容量を確保しないとならないという・・何とかしないと(笑)
さて、ぼちぼち休憩を終えて片づけ続行しようっと。
ということで、昨日、天気も良かったので仕事を1時間早退してグランヒラフに向かう。
雪は確かにまだいっぱいあるのだが、コンディション的にはハードな状態。北海道が地元のあまり滑らない方のスキーヤーにとっては、「がちがちだし」と敬遠されるようなコンディションだと思っていたのだが・・上の方はまあまあ幸せなコンディションかな?
ということで、3時間ほどナイターで滑る。で、リフトがクローズするまで格闘し、下山。フロ道具を相変わらず持ってこなかったので、温泉にもつかることなく近くのスーパーまで行って食材を調達して、ついでにヤフオクで落としたα707siを回収して帰ってきた。
そういやあ、ここ数年、ナイターでしか滑っていない気もするがまあいいや。
その後、体がほのかにいたいので、飯喰ってMacで物書きしていて・・・寝落ち。
ホントにこのパターンが最近多いなぁ。
で、朝、体が昔のロボットの様にがくがくとしか動かないほどの筋肉痛に見舞われる。うーん、やっぱり昨日ハッスルしすぎか(笑)
で、悲劇が・・・朝食中にメールチェックをするためiBookG3をテーブルに置いてもそもそと飯。コップにはなみなみと野菜ジュース。コップを取ろうとした瞬間、手が滑ってiBookにベシャッと・・・・したたってるよ。orz
速攻でバッテリとACをはずしてiBookの水気を取って冷蔵庫に・・・・頼む、復活してくれよ〜。
で、その後、去年名古屋で買ってきたPowerMacG4のベアボーンジャンクのサルベージ作業。何をしたかというと、DigitalAudio?用の466MHzのCPUとヒートシンクをヤフオクでゲットしたので、それの仮組を行ったのだが・・・動くことは確認できたが・・ヒートシンクがorz
ということで、ヒートシンクとハウジングの干渉するところを加工、バキバキとヒートシンクのフィンを40本近く除去し、何とか収容できるようにした。これで何とかなるでしょう。まあ、万一CPU壊れても他のところは健在だから、ちょっと奮発して速いCPUをつっこむのもアリかと。
というわけで、鋭意エージングを続けていたりするのであった。
ということで、イベントFM放送から続いていたFMもえるの長寿番組?WildCardが今日のオンエアを以て終了。
思えば遠くへきたもんだ。
イベントの初日まで、番組枠を持つことを考えていなかった自分だったが、せっかくの開局日におあつらえ向きに空いている時間があったのでつい番組を仕込んでしまったのがはじまりという、いかにも即席風味満点な初回。実は、番組名は「WildCard」ではなく、「mata-riいこうよ」だったりするんだが(苦笑)。
そのときはもえるスタジオ至近に住んでいたので、結構楽しんで番組をやっていた気がする。
今思えば、「番組に出てみない?」と当時仕事場で関わりのあったかわいい娘をそそのかして2ショットの個室でしゃべるという、なかなか楽しい30分だった気がする。で、最初の回の出演者はフルート奏者のタマゴで、フルートの生ライブをやったりしたっけなぁ。
後は、ホノルルマラソンの娘とか、女声コーラスグループの方々とか、地元で演劇をやっていた娘とか・・・案外いい思いしていたかも(笑)
最終回近くなって、転勤で留萌を離れてからも数回自分の番組をしに留萌まで行ったりしたっけか。
その後、本放送の機器セッティングで留萌に行った時に、仕事やもえるでお世話になった方と飲み明かしたりして、番組を作ることを決意、以後1年5ヶ月、もえるに番組を提供したり、パーソナリティの登竜門としての枠を確保して、3人のパーソナリティを卒業させることが出来た。
多くの仲間とも出会えたし、すごく充実した時間を共有することができたのがうれしかった。そしてなにより、実は聞いてくれているリスナーの多いこと。ただ、聞いてくれている人がシャイなだけなのか、メッセージは少なかったけど、ラジオをやっていて本当に良かったかなと思う。
WildCardありがとう、そして、さようなら。
でも、また・・・・別番組やるんだけどね(笑)
誕生日+5日ということで、また一つ年を重ねてしまった。こまったもんだ。
それはさておき、これから明日の大学時代の友人の結婚式に出席のため、札幌へ向かう。ついでにショップ巡り&昨日買った映画のチケットの消化をしつつ行こうかと。
昨日、自分への誕生日プレゼントとして買った独軍パーカーが届いたので、早速羽織って 行こうかなと。ちなみにM65の砂漠カモフラージュも到着。これは色的になかなか使うシチュエーションが難しいが、まあ、なんか考えてみよう。
そういえば、某局の某ラジオ番組をクローズすることにしたのだが、激変緩和措置(なんやそれ)ということで、毎週30分のレギュラー番組をすることとなった。
今度はMacとICT関係ネタ中心の番組となる予定。PodCast?もする予定なので、某局放送外の方も聴くことが出来るかな?
放送は3月20日の21:30〜らしい。
ということで・・・・ぼちぼち行くとしよう。
月曜日に仕事場の健康診断の精密検査で不本意ながら、病院に行く。結果、パラメータ的には特に悪化したまま、変動無し。ということで、不本意な称号を3つほどいただいて、へこみ気味に帰ってくる。とりあえずは、フォアグラ解消のための対応を余儀なくされる。
呑む時はいつもワイン1本は空ける程度の飲みっぷりに、禁酒はきつい・・かなと思っていたが、翌日は新年会。さすがに昨日の今日で呑むのは気がひけたので、ノンアルコールで通す。そこでわかったこと。
酒を惰性で飲むようになっている自分を知る。うぅん。これだけでも収穫かも。
そして、18日ボード初日ということで、ナイターだがグランヒラフに行く。
いつものように風は強いがパウダースノーで幸せ。雪に少し埋もれてみたり。
で、今晩、したたかに筋肉痛。さて明日は札幌で檀家まわりして、土曜日はがらりで〆の呑み会。少しは呑むか。
帝都最終日の6日の夜、銀座のZenと林檎商店・渋谷を攻略。その後、千葉本部長と新宿で日付変更線直前まで呑む。
で、7日朝3時30分くらい、目覚ましを4時に設定していたのだが、その前に起きる。で、もそもそと出立のパッキングを済ませ、4時20分に宿を撤収、0448時の山手線上野方面行きの始発に乗って上野まで移動。その後、宇都宮行きの0510時始発の鈍行に乗り宇都宮、大磯、福島、仙台、一ノ関、盛岡を通って、現在IGRと青い森鉄道の境界駅の目時に向かっているところ。それにしても、盛岡ではいっぱい人が乗っていたんだが、一戸あたりで閑散となり、今、ボックス席でまったりiBookを広げてこれを書いている。うーん。らくちん。
結局、今回の行程で運が良かったのか、ほとんどの区間でのんびり座って居眠りしながら移動という、結構らくちん(新幹線は無理だったが)な状態であった。行きに寒波の影響をしたたかに食らって、数時間のディレイと、かなりのスケジュール変更を余儀なくされたが、復路は、ほとんどディレイすることなく、淡々と・・今のところは進んでいるのはうれしい限りだ。
さて、このあと、八戸で乗り換えて、行きで致命的に躓いた青森駅通過である。急行はまなすに乗れない事態にはならないと思うが、どうなることやら。
聞くと、青森駅はけちがつくと、とことんけちがつくらしい。まあ、青函航路の玄関口だけ有って、海に近い配置だから仕方ないけど・・・今回は頼むぞー。
5日の朝、ベッドからおき、前の日に買ってきたコンビニ飯で朝食を。帝都の丸の内界隈に宿を取るのはしばらくぶりだったので、チェックアウトした後にぶらぶらと歩いてみる。うーん。もう、仕事始めでバリバリ動いているんだろうなぁ。とか思いながら、2日間の宿となる秋葉原のワシントンホテルに昼にチェックイン。あまりに早い時間だったのでNGとか思いながらも、すんなりと部屋に通されてウマー。
で、このホテル、聖地秋葉原の至近で、ビジネスホテルにしてはレベルが高いホテルであった。良いホテルである。しかも、100Mbpsのインターネット回線は来ているし・・ということで、いろいろと作業をしつつ、マシンを置いて、ショップ巡り初日となった。
帰ってきたら、なぜか鞄にはThinkPadX21が(笑)まあ、ジャンクだから良いけど。
で、その日の晩、MacWebCaster?系の方々が私が来ることを理由に歓迎会&新年会をするとのことだったので、有楽町へ向かう。ただ、食べに行ったのは表参道にあるシェラスコ料理の店「バルバッコア」である。 このシェラスコ料理、ブラジルの料理なのだそうだが、行ってしまえば、「わんこ肉」、いや、犬の肉じゃなくて、わんこそばの肉版のように、オーダーストップするまで延々と肉がやってくるというとんでもない肉食系民族にはたまらない料理である。 大変ウマーでした。バナナのカツとか、なかなか不思議な食べ物がいっぱいで・・・。
で、秋葉原まで帰投して、その日は終了。
6日も、延々とショップを踏査して、iMac用の拡張G3カードを買ったりして終了。そして夜を待つのだった(笑)。
ということで、3日昼前に札幌のアジトを離脱し、給油後、昼頃に札幌を離脱、一路中山峠を越え、積雪著しい後志管内に突入。天気情報を聞くと、後志〜胆振管内の積雪が尋常じゃないらしい。後に、これが次への悲劇の始まりとも、そのときは知る由もなかったり。 で、倶知安駐屯地に近づくにつれて、天候が悪化、積雪も視界も結構厳しくなりながら、JR倶知安駅経由で駐屯地に近づく。 向かいから来たハリアー(AV8Bじゃないよ)をさけようと、雪に軽く乗り上げたのが運の尽き・・・埋まった(T-T)
で、たまたま近所を除雪している近所の人に復旧を手伝ってもらい、なんとか離脱出来たのだが・・・駐車場に至る道が・・ない。そこでもそこそこに埋まりそうになりながらも、1時間の除雪で、どうにか駐車場を確保・・・。その後、30分もしないうちに、除雪部隊が除雪してくれたのは結構悲しかったり、Do-夢の初売り行ってから帰ってきてでも良かったなぁ。
ま、そんな中、帝都行軍に向けてのパッキングを済ませ、20時にアジトを離脱。いよいよ「北海道&東日本フリーパス」による帝都行軍のスタートである。2050時頃に倶知安を発ち、一路長万部まで。このとき、室蘭本線は雪害でダイヤは滅茶苦茶なのをあまり気にせず鈍行列車でまったりしている。このあたりは、携帯の電波もままならないのでオフにして居眠りしつつ、2240頃長万部着。ここまでの行程はフリーパスの対象外なので、別途普通料金1600円負担。
そして、長万部で待つこと2時間駅でのんびりとする予定だったのだが、妙に殺伐としているのは何?そう、室蘭本線の雪害の大混乱で、6時間以上も列車を待っている人たちのオーラが・・・。ということで、駅の待合い席で、自分の乗るはずの「急行はまなす」を待つ。さすがに午前1時近い夜行列車なので、競合するダイヤもなく、10分程度のディレイで長万部入線。とりあえず、喫煙席だが座る席を確保し、一眠り・・・。
だがしかし、事態は急変、0300時の函館のホームは乗客であふれかえっている。何が起こったのかと思えば、青森までの接続が出来なかった人たちの人の山。こりゃ大変だ。 で、妙に混み合った車内で青森へ向けて夜行列車は津軽海峡へ・・・。
0500時頃、不意に車内が明るくなり、到着が近いことを知らせる。蟹田で乗務員交換を行って、出発。まもなく青森か、これで特急つがる2号にのれば帝都には20時には着けるなぁと身支度を開始したそのとき・・止まるかっ!(-"-#)
青森に至る3つ前の駅のポイントが切り替わらないトラブルに見舞われ、ここで待つこと80分。予定の特急にはもちろん乗れず、予備プランに切り替割らざるを得ない状態になる・・・。ま、このあたりは、想定内なんだが・・・。遅くなるのは困ったなぁ。
で、青森駅に到着し、とりあえず八戸へ向かう鈍行へ乗り込む。が、出発時間になっても、一向に列車が動く雰囲気はない。 「え〜、この列車、進行方向にあるポイントが切り替わらず、現在、復旧作業中・・・(以下略)」 ということで、待つこと20分。このままでは、青い森-IGRのタイトな乗り換えもままならなくなる事態に発展しかねない・・・と思い、周りの人たちとともに特急つがる6号へ移動。この特急はどうにか定刻に出発が出来そうだ。ということで、乗り込む。
定刻に出発したつがる6号で、一路八戸へワープしたのち、新幹線の競合路線として、第3セクター化した青い森鉄道、岩手銀河鉄道(IGR)の列車に乗り換え、八戸を慌ただしく後にする。そして、盛岡、一ノ関を後にして、仙台へと向かう。
一ノ関から快調に南下を続けるが・・・途中、小牟田の小休止が妙に長い。何でだろ?とか思っていたら、「強風のため、仙台に近づけない」とのこと。確かに、12/25の晩に風で脱線して大惨事になった後だけあって、さすがに運行上躊躇したのだろう。
さらに10分程度待つと、向かいのホームに、ディーゼル車がやってきた。これが、臨時の快速で、一気に仙台まで向かう列車らしい。ということで、急遽乗り換える。
この快速で仙台までところどころスローペースになりながらも淡々と走り、いよいよ仙台の近く、岩切でなぜか停車。
「現在、この列車の運行停止命令が再三出るなど、風速が運行上大変危険な状態ですので、最低30分、風が影響のない程度になるまでは止まります。」とのこと。
最終的に、この列車、予定の70分遅れとなった。この段階で、在来線を使う事を仮定して、仙台を定刻に出発できれば、帝都にどうにか23時に着けるなることはわかっていたが・・・。
何とか仙台駅に到着し、駅の運行状況を知らせる掲示板を見る。
「だめだこりゃ」
まったくもってこれから南へ下りるプランが立たないのである。ということで、待っていても仕方がないのと、せっかくなので、仙台のアップルストアまで行ってみた。
仙台の街中も微妙にランドマークがわかりづらかったのだが、結構商店街が充実していたり、国内有数の滅茶苦茶広い道路があったりで、その商店街のところにアップルストアを発見、早速中に入って、iPodの修理を依頼してみた。
結局両方ともパーツの在庫が無くて残念な結果となったところであるが、結構多くの人がアップルストアに行っていた気がする。
そして、駅に戻るが、予想通り次に乗る列車が1時間以上のディレイで、なおかつ、すぐ出る雰囲気もない。そこで仕方なく、びゅうプラザまで行って新幹線のきっぷを手配するととした。
うーん。フリーパスと同額の1万円弱。これは痛いが仕方がない。
結局、乗車率140%超のすし詰め状態で上野まで新幹線に揺られ、1950頃に帝都到着となる。
その後、初日の宿となっていた皇居近くのKKR東京に荷物を置き、シャワーを浴びた後、銀座の街へ繰り出すのであった(笑)
というわけで、2006年がやってきた。うーん。無駄に年を重ねているなぁ。ま、それはさておき、札幌のアジトで大晦日にワインのボトルを2本抱きしめて寝込んでいたのはここだけの秘密だ。
まだ、とりあえず今頃VIPSTARをリピートしながら引き籠もり状態。日差しのあるうちにちょっと近所の店にでも晩飯を調達しに行ってくるかな。